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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)575号 判決

原告 日本国有鉄道

右代表者総裁 高木文雄

右訴訟代理人弁護士 水口敞

右訴訟代理人 山田正利

同 森辰夫

同 笹山春哉

同 浅野昭二

被告 横内晃

右訴訟代理人弁護士 徳矢卓史

同 徳矢典子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し、

(1) 別紙目録(一)記載の株券について、被告の訴外大阪屋証券株式会社に対して有する返還請求権を譲渡し、かつ右訴外会社にその旨の譲渡通知をせよ。

(2) 別紙目録(二)記載の株券について、被告の訴外日興証券株式会社に対して有する返還請求権を譲渡し、かつ右訴外会社にその旨の譲渡通知をせよ。

(3) 別紙目録(三)記載の株券を引渡せ。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同趣旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は日本国有鉄道法にもとづく運送事業をなす者であるが、昭和四七年一〇月一九日午後六時一〇分ころ、訴外新日本証券株式会社より別紙目録(一)(二)(三)記載の株券(以下本件株券という)在中の小荷物(以下本件小荷物という)を貴重品扱いにより名古屋駅発、汐留駅着で運送することの依頼をうけ、その引渡を受けて本件株券の占有者となった。

(二)  ところが同日午後六時四〇分ころ、原告の名古屋駅の小荷物荷扱係である訴外竹山憲治が、同駅構内三番線ホームで荷四〇列車からの荷物の取卸作業をしている間に、右列車に積み込むべく手押車に乗せて同ホームに運んできてあった本件小荷物が訴外菊地清らによって窃取された。

(三)  翌一〇月二〇日午前一〇時ころ、菊地は沖弘と名乗り、東洋商事なる商号で金融業を営んでいる大阪市南区久左衛門町二丁目の被告の事務所へ本件株券を持ちこみ、これを担保として金三〇〇〇万円の借用方を申し入れたので、被告は内金二五〇〇万円を貸与することを承諾して右株券の引渡を受け、菊地に対し、即日金一五〇〇万円、同月二三日に金一〇〇〇万円を交付した(もっとも、実際に右金二五〇〇万円を交付したか否かは疑わしい)。

(四)  被告は、右菊地が条件のいかんを問わず金員の入手を急ぎ、かつ、当日金一五〇〇万円を受領したにすぎないのに、申し入れた金額である金三〇〇〇万円の領収書をすでに被告に渡すなど、菊地には不審な態度がみうけられ、本件株券自体についても、多数の名義人からなり一見して疑わしいにもかかわらず、菊地につき調査もせず、敢えて取引をし、しかも取引に際し、株券の時価総額の概算すらもしないで、当時金三五〇〇万円相当の右株券を僅か金二五〇〇万円で取得し、また、右株券を担保として受け取りながら菊地との間に貸金に関する何らの約定もしないまま、みずからも右株券の売却を急いでいるのであって、以上の事実から被告は菊地から本件株券の引渡を受けるに際し、それが盗品であることを察知していたもので、従って民法二〇〇条二項但書の悪意の承継人というべきである。

(五)1  被告は菊地から引渡を受けるや、同日、別紙目録(一)記載の株券を訴外大阪屋証券株式会社なんば支店に対し、同目録(二)記載の株券を訴外日興証券株式会社難波支店に対し、それぞれ売却方を依頼してこれを寄託し、現に右両会社を通じて同目録(一)(二)記載の株券を代理占有しているものである。

2  被告は現在においても、同目録(三)記載の株券を直接占有しているものである。

(六)  よって原告は被告に対し、占有訴権に基づき、別紙目録(一)記載の株券について、被告の訴外大阪屋証券株式会社に対して有する返還請求権の原告への譲渡と右訴外会社へのその旨の通知、および同目録(二)記載の株券について、被告の訴外日興証券株式会社に対して有する返還請求権の原告への譲渡と右訴外会社へのその旨の通知、ならびに同目録(三)記載の株券の引渡しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否および主張

(一)  請求原因(一)の事実のうち、原告が日本国有鉄道法にもとづく運送事業をしている者であることは認めるが、その余の事実は知らない。仮に原告が本件小荷物の運送委託を受けこれを占有していたとしても、その際原告としては小荷物の中にはいっている株券の個々の銘柄および数量を了知していなかったのであるから、小荷物の占有をもって当然に本件株券に対する占有権を取得していたものということはできない。

(二)  請求原因(二)の事実はすべて知らない。

(三)  請求原因(三)の事実のうち、原告主張の日に被告が沖と称する者(以下単に沖ともいう)から本件株券の引渡を受け、同人に対し金二五〇〇万円を二回に分けて交付したことは認めるが、被告は金三〇〇〇万円の金員を調達する約束で、沖に右株券の譲渡証書を作成交付させてその譲渡を受けたもので、原告主張のように担保として預かったものではない。

(四)  請求原因(四)の事実は争う。

民法二〇〇条二項但書にいう「侵奪の事実」とは、本件において、昭和四七年一〇月一九日午後六時四〇分ころ、名古屋駅三番ホームで本件株券在中の本件小荷物が窃取されたという具体的事実を指すものというべきところ、名古屋駅長訴外藤井民雄作成の被害届およびその訂正届が提出されたのは同月二二日以降であるのみならず、右各届の記載によれば、「盗難にかかったと思われる」という程度で小荷物侵奪の事実自体が明らかではなく、かつ、訴外新日本証券株式会社側においても本件小荷物の在中品についてその具体的内容を特定することができなかったのであるから、それ以前である同月二〇日当時において、既に被告が「侵奪の事実」を知っていたものということはできない。

また、商法二〇五条二項により株券の占有者は権利者の推定を受けているのであって、株券の取得にあたり真実の権利者であるか否かの調査を強いられるならば株式流通の円滑を期することができない。そして、被告はむしろ慎重を期し、沖の呈示した名刺に記載された名和物産株式会社につき、電話でその実在を調査確認したうえ、本件の取引をしたものである。

(五)  請求原因(五)の事実は認める。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因(一)の事実中、原告が日本国有鉄道法にもとづく運送事業をしている者であることについては当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、原告が新日本証券株式会社より本件株券の在中していた小荷物の運送を委託され、その引渡を受けた旨の主張事実を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

被告は、仮に原告が本件小荷物の運送委託を受けたとしても、原告において小荷物の在中品を了知していないから、本件株券の占有を取得していないと主張するが、およそ小荷物の運搬を委託されその引渡を受けた場合、受託者は、小荷物自体だけではなく、その在中品についても、社会通念上事実上の支配を及ぼしていると考えられ、在中していることが客観的事実として認められる以上、小荷物占有者において、その在中品につき詳細かつ具体的にこれを了知していなくとも、その直接占有者であると解するのが相当であるから、前認定事実により、原告は本件株券につき占有権を取得していたものというべきである。

二(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。

本件小荷物は、原告の名古屋駅貴重品扱荷物受付所で受け付けられ、荷四〇列車に積載すべく仕分けされた後、荷扱掛訴外竹山憲治がこれを他の小荷物とともに手押車に積み込み、これを手押して、前記受付所より地下通路を通って、エレベーターで三番ホームにのぼり、ホーム上の駅長事務室において、他の列車に積み込む小荷物三個を手押車からおろした後、小荷物掛訴外高沢利邦と二人で右手押車を押してホームを南へ向って歩き、荷四〇列車の入線にともない本件小荷物を積み込む熊荷一番車両を探しながらさらに移動し、同車両が三番ホーム北階段付近に停車したので、右手押車を同階段付近におき、右両名はまず同車の車掌室内から荷物の取卸作業をした。右取卸作業を終えた後前記手押車を同車両近くに寄せ、手押車内の小荷物を積み込んだが、右高沢が前記受付所で作成された受授証にもとづいて対照したところ、汐留一五七番の本件小荷物は紛失していることが判明した。なお同ホームへの運搬、車両への積載の経過を通じ、竹山らは前記荷物取卸作業中に手押車上の小荷物から暫時目を離したことがあり、また、そのころ同ホーム上に居合せた人は少なかったが、そのなかに、同北階段付近で「どすん」という何か物が落ちるような音を耳にし、階段の下を一人の男が落ちた品物を拾って階段を降りていくのをみかけた者もあった。

(二)  ≪証拠省略≫によると、菊地清は昭和四七年一〇月一九日名古屋駅構内三番線ホームにおいて氏名不詳者らと共謀のうえ本件小荷物を窃取したとの犯罪事実により、昭和五〇年三月四日名古屋地方裁判所で懲役四年六月の有罪判決の言渡をうけ、現に右判決に対し控訴中であることが認められる。

(三)  右(一)、(二)認定の事実を合わせ考えると、菊地は昭和四七年一〇月一九日本件株券在中の小荷物を窃取し、原告の本件株券に対する占有を侵奪したことが明らかである。

三  昭和四七年一〇月二〇日、沖弘と称する者が東洋商事の名で金融業を営んでいる被告の事務所へ本件株券を持参し、被告が沖より右株券の引渡を受けたことは当事者間に争いがなく、菊地が沖弘と称していたことは後記認定のとおりであるから、被告は、本件株券の侵奪者である菊地から本件株券の占有を承継したものというべきである。

四  そこで、本件株券の特定承継人である被告が原告主張のように本件株券に対する占有侵奪の事実を知っていたか否かについて判断する。

(一)  当事者間に争いのない前記三の事実に、≪証拠省略≫を総合すると、以下の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(1)  菊地清は沖弘と名乗り、昭和四七年一〇月二〇日午前一〇時ころ被告の事務所を訪れ、被告に対し、「名和物産株式会社沖弘」なる名刺を呈示し、新聞広告をみて来たが早急に金が必要であり、持参の株券を担保にするなり、あるいは株券を譲渡するなり、いかなる条件でもよいので金三〇〇〇万円を都合してほしい旨申し入れたところ、被告は同人とは初対面であったが、右株券をもって金三〇〇〇万円を融資することにし、被告自身もただちに金策に走って調達した金員を含め、同日菊地に対し金一五〇〇万円を交付して貸与し、残金一五〇〇万円は後日交付することにして、菊地より株券の譲渡書、金員借用並びに担保契約証書および金三〇〇〇万円の領収書を受け取った。

(2)  この間菊地は、被告の事務所に二時間ほどいて、正午ころ帰って行ったが、その後同日午後〇時三〇分すぎころ、被告は同人の事務所で専務役をしている訴外奥村敏和とともに大阪屋証券株式会社なんば支店を訪れ、株券を早急に現金にかえたい旨述べて同会社勤務の訴外堀山勝之、同沢農進を被告の事務所に伴ない、本件株券のうち別紙目録(一)記載の株券について売却を依頼し、同様同日のうちに日興証券株式会社に対しても同目録(二)記載の株券の売却を依頼し同目録(一)(二)記載の各株券の換金を急いでいた。

(3)  被告は菊地より本件株券の引渡を受けるにあたり、あらかじめ前記名和物産株式会社と沖と称する者とが実在するかどうかの電話をしたのみで、同会社の営業内容や規模、あるいは沖と称する者の同会社における地位、本件株券の売却を急ぐ理由等につき調査をしなかったし、多数の銘柄からなる本件株券の時価総額につき具体的にこれを算定し評価することなく、極めて概括的にとらえた価格で取引に応じたものであり、また、菊地との約定における前記金三〇〇〇万円の融資において、本件株券を単に貸金の担保として交付を受けるか、あるいは売買として譲渡を受けるかについては、右当事者間において必ずしも明確な約定をしないまま、同月二三日菊地に対し、さらに残金一〇〇〇万円を交付した。

(二)  右認定の事実からすれば、被告は菊地から本件株券を、これが菊地においてなんらかの不正行為もしくは犯罪行為により違法に取得してきた物件であることを察知しながら、その引渡を受けたことが認められるけれども、更に進んで、右株券が、菊地において他から窃取するなど第三者の占有を排除侵奪してきた物件であることを、被告が知っていた事実は、本件において、これを認めるに足りるなんらの証拠もない。

五  そうすると、原告の本訴請求は、その他の点につき、判断するまでもなく、理由のないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西内辰樹 裁判官 松本克己 裁判官竹中邦夫は出張のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 西内辰樹)

〈以下省略〉

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